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文科系アウトドア派のんびり遊楽人

トリスバー

トリスバー


 「体育会系と文科系は飲み方が違うと思わないか」



 パーティーで初めて会った先輩が老舗のバーのカウンターで塩豆を頬張りながら話し始めた。



 体育会系は飲むことに対しても日頃の肉体、行動の規範が出てしまうのだと。

 普段のがっしり、しっかりした振る舞い、雰囲気を酔っていても自分から壊せない。



 「でも反対に、飛んだりはねたり、踊ったり、大声で歌ったりしますよね。あれも身体を誇示してるのかな」

 「そうそう、トイレに行くときもしゃっきりしていないといけない気がしてね」



 それに比べて文科系は酒を飲むとそのまま雰囲気を吸収してしまう。変に身構えたりしないように見えると。



「僕は文科系。そう言われると、酔っ払ってくずれたり、自分が変わることを自然に受け止めているかな」



 紺のスーツを脱いだ体育系の先輩は「ここのお好み焼きはおいしいぞ」と僕に分厚いお好み焼きを勧める。



 「どうやったらこんなに厚いお好み焼きが焼けるんですか」


 昭和32年にバーを開いて、今でも綺麗で元気そうなロングヘアーのママに尋ねた。


 彼女は油がしっかり染込んで黒光りした小ぶりな丸いフライパンを見せてくれた。

 ママの小さな手に実にマッチしていた。




 白いシャツを着た白髪のマスターが黙って小振りなビアグラスにキリンラガーを注いでいる。



 このバーはこの街では一番古く、トリスバーとして開店した。


 その頃は、他の店が開店したニッカバー、サントリーバーも人気があった。


 お店の前の道路が拡幅するまでは、坂を上った奥にある洒落た店づくりで、北側は一面田んぼだったそうだ。


 「当時は集団就職で地方からやってきた若い社員が気軽に飲める店として一杯50円で賑わってた」


 その頃のお客さんはみんな部長になったり定年でやめてしまった方ばかりと懐かしそうに話している。



 「また来てもいいですか」



 「もちろん ですよ」



 蔦が壁面一杯に同化している階段を降りて、横に並んで歩いて帰る僕たちの背中をやさしく見送っている。





 落ち着いて洒落たバーの余韻が、酔って歩く僕の背筋を少し伸ばしてくれた。





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